DAY BOOK from countryside

田舎暮らしビギナーが愉しむ田舎の暮らし。

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仙人池・阿曽原・水平歩道 後編

100816_top.jpg
水平歩道歩行中!







前編
 


AM4:00起床。
今日は、山歩きを終えてからの道程もあるので、早立ちです。
まだ外は真っ暗ですが、ほかの2張のテントももう起き出している様子。
コーヒーと軽食を摂って、明るくなるのを待ちながらのんびり撤収作業。
膝は相変わらず痛いけど、今日はあまりアップダウンのない行程なので
なんとかなるでしょう。

今日歩く「水平歩道」は、黒部川の断崖絶壁をくり貫いて作られた歩行者専用道。
そもそもは、黒部川の水力開発を目的として1920年に開かれたこの道。
黒部川第三発電所の建設資材の運搬に利用されていた当時は、今ほど道が整備
されていなかったため、重荷を背負った歩荷の転落事故が相次いだ危険な道と
いうことでも有名。仙人平から黒部ダムまでの「日電歩道」と合わせて、延長30km
に及ぶ「下ノ廊下」のうちの、下流側 欅平までの延長13kmが「水平歩道」です。
戦後、関西電力が黒部ダム建設の条件として、登山道を毎年整備することが
義務づけられたため、関西電力の手によって今日まで維持管理されています。

ちなみに、仙人平から黒部ダムまでの「日電歩道」は、未だ積雪で通行不可。
黒部の谷に降り積もった雪は、夏になっても完全に溶けることはなく
雪渓の状態が安定する9月の中旬頃から、また雪の降り始める11月頃まで
1~2ヶ月の間だけ歩くことの出来る秘境。
その頃は、黒部の山々はまさに紅葉真っ盛り。今年はぜひ、下ノ廊下の踏破を
してみたいと密かに狙っています。




---

薄明るくなってきた5時過ぎ、出発。
朝イチから、いきなりの登り返しが堪えますが、それもほどなくして水平の道に
出ます。怖い怖いと言われてますが、道幅は結構広いのです。
高度差200Mなんて場所でも、木々が生い茂っていたりして恐怖感はあまりない
と思うんですが・・・それはわたしがアホだからでしょうか?(笑)


100816_1.jpg
スパッと切れ落ちた断崖絶壁の水平歩道。左上に相方の姿。


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絶壁を「コ」の字にくりぬいて作られていて、概ね道幅は1Mほど。
まぁ普通に歩いていればなんてことない道なのですが
それでも毎年、滑落事故は起こっているんです。
落ちたら木にでも引っかからない限り、命はありませんし
救助作業も難航を極めることは明らかです。






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山肌を巻きながら、延々と続く水平な道。
画像右側に、人がふたり歩いているのがわかるでしょうか?



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わたしがカメラを向けているのに気づいたようで、手を挙げて
応えてくれていました。
テント装備で早月尾根を上がってきたというこのパワフルな二人組が、
ものすごい勢いで追いついてきたので先を譲りました。
本日、水平歩道で出会ったのは、この二人組と、テント場をわたしたちより
先に出た二人組。そして、すれ違った3組の、計5組だけでした。






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谷筋に大きな雪渓が。もしやトラバース!?
いえいえ、ここがあの志合谷のトンネルでした。




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山肌に沿うようにU字に曲がった150Mのトンネルは、光も届かず真っ暗なので
ヘッデン必携です。足元も悪く水没しているので、靴の防水効果も問われます。
1938年、この場所で大きな泡雪崩が起こり、作業員の寝泊りする鉄筋5階建ての
宿舎が、雪崩の爆風で建物ごと空をふっ飛び、反対側の山腹に激突。84名もの
犠牲者が出たのだというのです。今は建物の跡形もないので想像し難いのですが
黒部の自然の厳しさに圧倒されるとともに、この地で働く多くの方々の犠牲もあり
ながら、よくぞ今でもこうしてこの道を、歩くことが出来るなと、改めて驚いて
しまうのでした。






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地図上、唯一危険マークのある大太鼓付近。
道幅もぐっと狭くなり、頭上の岩にも注意が必要。
遠景も大迫力で、高度感も高まります。水平歩道といえば、大抵この場所が
クローズアップされるので、わたしはてっきり、こんな道がずっと続くと思って
いたのですが、ほんの一瞬のクライマックスでした。





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場所によっては、丸太を渡した木橋だけなんてところもあります。
ちょっと狭いなと感じる場所には、手綱状にガイドが渡してありますが
心細いくらいの針金で、これはまぁ、あくまでも気持ち的安心感程度でしょう。
雨で濡れていると滑るので、更に注意が必要です。
今日は止み間でまだ良かったのですが、雨量が多い日は、岸壁がところどころ
滝状になっているらしいので、そうなるとかなり危険でしょう。

それにしても、、、
昔からの約束だからとはいえ、整備の方々、ご苦労様なことです。







登山道にアップダウンが出始めると、水平歩道もそろそろ終盤です。
かすかに聞こえ始めていたトロッコ電車の警笛が、どんどんと大きく
なってきて、本格的な下りに入ります。
欅平の駅はもうすぐそこなのに、この急坂が痛めた膝にはダメ押しでした。
もう限界・・・と思ったその時、パッと視界が開けてようやく駅に到着です。
観光客でごった返す中に、足を引きずる薄汚れた二人はかなり異質だった
ことでしょう。ジロジロ見られました(笑)



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1時間20分のトロッコ電車の旅。
何も知らない時ならば、たぶん圧倒されていたであろう車窓の景色も
今、自分の足で見てきた景色に比べたら、どうしたって敵いっこないわけで・・・
いやー、、、ほんと、スゴイとこ歩いてきたんだよね。




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トロッコ電車の終着駅 宇奈月から、富山地方鉄道に乗り換えて
寺田駅トランジットで立山駅に戻ります。
まぁこの富山地方電鉄ってやつが、鉄子には堪らない雰囲気のある路線でした。








---

行こうと思うきっかけは、怖いもの見たさや、物見遊山的な気持ちだったり
もしたのだけれど、こうして実際にあの道を歩き、バックボーンにも触れて
みると、なんだか胸に迫るものもあり、とても印象深い山行になりました。
もっと色々と知りたくなって、帰ってきてから、「高熱隋道」を読んでいます。
(「高熱隧道」:吉村昭の長編小説。1967年(昭和42年)新潮社から刊行)
今回歩いてきた場所が蘇り、臨場感も伴って読み応えがあります。
どうしてあの道が出来、どんなことに使われていたのか・・・
次回行く時は、また違った思いで歩くことが出来るような気がします。



足の痛みと闘いながら、ビショビショになって歩いた三日間。
大変だったけど、得るものもとても大きく楽しい山行になりました。
秋、ぜひまた訪れたいと思います。




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  1. 2010/08/23(月) 21:55:57|
  2. お山
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  4. | コメント:10
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